気分は晴れで 1


−その日は、いろいろとおかしな事があった。
今考えれば、それが予兆だったのかもしれない−


城のそばには草原があり、密はよくそこで散歩をしていた。他にすることもないので仕方なく、というのがおおきかったが。
ただし、今日のお供は巽でも亘理でもない。二人とも今日は国王の命令で遠出している。
なので今日はたっぷり15人の兵士が、密の周りを囲んでいる。
鬱陶しくてたまらないが、あまり外に出たがらない密を心配した父が、週に一度は散歩に出るようにと言うので仕方ない。
気分転換のつもりで外に出てきているのに、見知らぬ、しかも15人の兵士に囲まれては、気分転換どころではないし、巽や亘理のように話も出来ない。
(……もう帰ろうかな……)
鬱陶しくてたまらなくて密が顔をしかめてそう考えていると、兵士の一人がそれに気付いて言う。
「密王子、具合でも悪いのですか?」
(ああっお前らのせいでな!!)
「……いや、別に」


密の事になると些細な事で大騒ぎする父の事を考えると、具合が悪いという言い訳も後々大変で言えない。
大きく溜め息をついてとぼとぼと歩いていると、後ろから呻き声と鈍い音が鳴る。
「ぐあっ!」
その声に全員が振り向くのと、前にいた四人を除いて兵士が地を張ったのは同時だった。
「王子お逃げを!!」
忠誠の強い者だったのだろう。自らの腰の剣に手を掛けそう叫ぶ。
「!?」
密の視界に入ったのは、真白の毛をなびかせる大きな虎。
それを認識した瞬間には、残っていた兵士が呻き声とともに体勢を崩し、それを見た視界が、暗闇に閉ざされた。



漆黒の髪を風に揺らす青年が、どこか虚ろな瞳で空を見る。
その視界を、風のように現れた虎が塞ぐ。背に、少年を担いで。
「早かったな、白虎」
先刻までの虚ろな瞳ではなく、人懐っこい笑みを浮かべて青年が白虎に言った。
背に担いだ少年を青年に渡すために背を低くしながら白虎はしれっと言う。
「王宮の兵士が付いていた。皆一瞬で片付けたが」
「王宮の?この子の身分までは聞いてなかったな。王子様だったりしてな」
冗談っぽく言って白虎から少年を受け取る。
「?」
抱き上げたその少年はおかしいくらいに軽い。けれどそれよりも気になったのはその顔だった。
『少年』と聞いている。けれど腕の中で眠るその顔は、下手をすればそこらの『少女』に負けないほど綺麗で、同時に幼い。
「私はもう消えるぞ、都筑」
「ああ」
白虎は青年――都筑の返事を待ってその姿を空<くう>に消した。
それを見送って、都筑はもう一度少年の姿を見る。
何かを諦めるような、そんな溜め息をついて、少年を抱えたまま歩き出した。




どこか、遠くで、音がする。
なんとなくでわかるが、それは別に遠くない。ただ、頭が上手く働いていない。それだけだ。
重い瞼を上げる気にもなれなくて、微かにする音を、無意識に追いかける。
不意に額に冷たいものが触れ、髪を撫でられる。
重い瞼を薄く持ち上げると、そこに映ったのは心配そうに自分を覗きこむ、紫電の瞳だった。


白虎から受け取った少年はどうも熱があるらしかった。
散歩していたところを連れて来たのだから元から熱があったわけではなさそうだったが、ショックのあまり熱を出した、というのはどうかとも思った。
けれどよくよく見てみると、なんとなくそれでも納得してしまう程白くて細い。華奢という言葉がぴったりな肢体だ。
どうしたものか。とにかくこのままにはしておけないと思い、薬もないのでとりあえず濡れたタオルをその額に置き、少し苦しそうにする少年を安心させるように髪を梳いた。
「熱下がるのかな、こんなもんで」
健康体質の都筑は滅多に熱はおろか病気をしない。
まぁ、病気に掛かったところで薬を買う金もないが。
不意に少年が薄く瞼をあげる。
虚ろな瞳で自分を見る少年に、都筑は一瞬動きを止める。
だがすぐに少年は瞳を閉じ、また眠ったようだった。
都筑はよくわからない溜め息をついた。




――翌日
昨日結局密は眼を覚まさず、布団を一組しか持ち合わせない都筑は仕方なく少年の寝る布団の隣に寝転がってそのまま寝た。
そんな都筑を尻目に、暖かい布団で寝ていた密はぼんやりと目を覚ました。
寝返りを打って重い瞼を開くと、目の前には見知らぬ男の寝顔。
「…………!!??」
とにかく反射的に反対方向に寝返りを打ち、混乱しかけている寝起きで回転の悪い頭をフル稼働させて考える。
(俺は何でこんなところにいるんだ!?てかここはどこなんだ!?……えーと、確か散歩してたらデカイ虎に襲われて?……どうなったんだよその後……。いや、寝かされてるって事はこいつが助けてくれたとか?)
そこまで考えて、そうだといいなぁ、やだなこいつが誘拐犯ってのは、と一瞬思って、一瞬間を置いて。
(で、この状況は何なんだ!!?)
密はガバッと起き上がり頭を抱える。
しかしその音で都筑が眼を覚ましたらしい。
「あれ、眼、覚めたの?具合大丈夫?」
都筑は起き上がって目を擦りながらぽかんとしている密に言った。
密がなぜぽかんとしているのか、一瞬考えて理解した都筑はにっこり笑顔で言う。
「あ、俺は都筑麻斗。覚えてない?君が虎に捕まってるのを助けたりしてみたんだけど」
もちろんそんな事実はないし、密が気を失っている事は白虎が確認しているから密が都筑と白虎の会話を聞いているはずもない。
「えっと……すいません、覚えてません」
密が都筑の言葉を真に受けて申し訳なさそうにすると都筑は困ったように笑った。
「いいよ。君気絶してたし少し熱があったから俺の家で看病してたんだ」
「あ、ありがとうございます」
密がぺこりと頭を下げ、また顔を上げると、急に都筑が額に手を当ててきた。
突然だった事と、ひんやりした手の気持ちよさに一瞬動きを止める。
「ん〜、まだ少し熱あるかな。気分悪くない?俺あんまり病気にならないからわからないんだけど」
「あっ、えっと……気にしないで下さい、微熱とかはよく出るんです」
密が言うと、都筑は心配そうに顔を覗き込む。
「体弱いの?じゃあもう少し横になってなよ。今おかゆでも作ってくるから」
「え、でも…」
遠慮しようとする密を無理やり寝かせて都筑は立ち上がる。
「いいのいいの。大人しく寝てるんだよ?」
そう言って都筑は部屋を出た。
密は仕方なく大人しく寝ることにした。



「あ、名前聞くの忘れてた」
外に出て歩いていると、ふと思い出した。
それを運悪く、というべきか同じ長屋に住む若葉と寺仙に聞かれてしまった。
「誰の名前を聞くのを忘れたの?」
振り向くと小首をかしげた若葉と不機嫌な顔の寺仙がいた。
「げっ、若葉ちゃんと寺仙っ」
「なんだよげって、おい」
犬猿の仲と言っていいほど仲の悪い二人は、いつもならこれくらいで簡単に大喧嘩が始まるのだが、今の都筑には密におかゆを作らなければならないという重大な任務がある。喧嘩などしている気にはならない。
「もう、始ちゃんやめなさいよぅ。それで、どうしたの?」
都筑はちょっと協力してもらおうと思い、密を”拾った”事を話す。
「えっ!……じ、じゃあ都筑さんはその子の看病をしててっ。おかゆは私が作ってくから!」
「え?いいよ、そんなの悪いよ」
「ううん!全然!だから早く行ってあげて!」
若葉は強引に都筑を押し返し、都筑は仕方なく家に戻った。
家に入った事を確認して寺杣がやれやれと呟く。
「もう少しでそのボウズ、重体になって病院に担ぎ込まれるところだったな」
「……うん。都筑さんには悪いけど」



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