王子の機嫌.1


あるところにとても平和で豊かな国がありました。
統制者・流王は民に慕われる、大変良い王様でした。
しかし、そんな流王も密王子にはとても弱く、王子を溺愛していました。
そんなところは可愛い、と、民には好評です。
流王の溺愛ぶりは、大事な大事な家臣・巽さんを王子の世話係にするまでに至っているのです。


「陛下、密様の外出許可を頂きたいのですが」
王様の執務室で巽さんが流王に言いました。
「巽、最近三日に一度は外出許可を取りにくるが、どうなっている?」
流王は不機嫌そうに頬杖をついて巽さんを睨みます。
巽さんは、そんな流王の態度にも微動だにせず、しれっと言います。
「どうしたもなにも、密様が外に出たいと言っているので許可を頂に来ただけですよ。昔のようにずっと室内に篭っているよりは良いのでは?」
「まあ、それもそうだが。……よかろう。但し、しっかりと見ておれよ。以前のような失態はならぬぞ」
本気で睨んでいるのか、先程とは比べ物にならない鋭い眼で巽さんを睨み付けました。
普通の人ならば恐怖で声を裏返すでしょう。
しかし巽さんはそれでも動じません。
「有難う御座います。それでは失礼致します」
巽さんは頭を下げて部屋から出て行きました。

あとに残った流王は必須アイテム『密人形』を抱きしめて拗ねていたそうな……。



トントン  ガチャ

「失礼致します」
入室の確認も取らずにドアを開け、律儀に頭を下げて部屋に入るおかしな巽さんに、
「どうだった?」
と、不安そうに瞳を揺らして聞く少年。
栗色の髪に翡翠の瞳の、整った顔立ちの少年に、巽さんは何度見てもドキッとしてしまうのです。
「外出許可は出ました、密様」
冷静に巽さんが言うと、パアッと顔を明るくさせて
「ありがとう巽さん!」
少年、もとい密王子はそう言うと、外出の支度を始めました。
不覚にも巽さんはまたドキッとしてしまいました。
(まったく…彼にもこれくらい素直になってあげればいいのに)
巽さんは指で眼鏡を押し上げつつ、そう思いました。



密王子と巽さんはお城から少し離れた、といってもすぐ傍にお城が見える、そんな草原に来ました。
密王子は外出用着の軽装をしていますが、巽さんは王子には内緒で懐に銃を隠し持っています。
しかし、巽さんは元々影使いなので武器の類は必要ないのですが、万一に備えるように、と流王に睨まれています。

二人はいつもの事だと思いつつ溜め息をつきます。
「まったく、仮にも密様は王子だというのに。王子を待たせるなんて…いえ、それ以前に約束に遅れるなんて」
イライラした様子で巽さんは眼鏡を押し上げました。
「いつも遅いけど、いい加減何とかしようとか思わないんですかね、あの馬鹿は」
「やはり一度きつく言っておくべきですね」
巽さんは目を細くしてそう言いました。
密王子は表情を引きつらせました。昔からこの顔が嫌い、もとい怖いのです。

タッタッタッタッ………

少し遠くにかなり慌てて走っている男を見つけて、密王子も巽さんもかなり呆れた様子で男を見ました。

「都筑さん、今のところ遅刻率100%ですよ?」
青筋を立てて巽さんが言うと、都筑さんは顔の前で手を合わせて平謝りします。
「ごめん!!本っ当にごめん!!」
「ったく!少しは学習しろ!」
「まったくですよ。第一あんたが会いたいと言ったのだから我々より早く来て待っているくらいしたらどうですか!?」
二人に怒られて都筑さんはどんどん小さくなっていきます。
「ごめんってば。仕事またクビになっちゃって……」
それを聞いた二人はもう、怒りを通り越して思いっきり呆れています。
今までで知っている限り、200回以上クビになっているはずです。
「どうせまた馬鹿な事をやらかしたんでしょう」
「ここまで来るともう才能だな」
そこまで言われては都筑さんも膨れるしかありません。(?)
「ひっどーい!うー……そんなこと言うお口にはこれかな?」
都筑さんは言うが早いか密王子に口付けます。密王子はもう、これ以上ないくらい真っ赤になって口をパクパクさせています。
「少しは人目をはばかりなさい都筑さん!!!」
スコーンッ、と都筑さんの頭をはたきます。
やっと正気に戻った密王子は都筑さんの顔面に猫パンチをお見舞いします。
「ィ……イタイです……(泣)」


パンパン
都筑さんは草原に腰を下ろし、自分の座っている隣の地面を叩いて密王子を促します。
密王子は少し渋りましたが、とりあえずそこに座りました。
渋ったのは、また何をされるかわからない、と警戒したからです。
しかし案の定、密王子が座ったとたんに抱きつきます。
「ひそか〜vv」
「わっ、引っ付くなバカ!」
密王子の抗議の声も何のその、ぎゅっと抱きしめて、不満げな密王子の顔を覗き込みます。
「なんで? 巽はもういないよ? それとも俺の事嫌い?」
「!!」
都筑さんの狙い通り王子は頬を赤くします。
密王子はこの角度、この瞳、この笑顔の三拍子には非常に弱いのです。(笑)
密王子は何も言い返せないので、せめてもの抵抗として、そっぽを向いてしまいました。
都筑さんはそんな密王子に苦笑いして、後ろから抱きしめ直しました。
「ごめんごめん。巽と仲良さそうにしてたからつい、ね」
その言葉に密王子は体を捩って都筑さんを睨みます。睨んでいるつもりなのは本人だけですが。
密王子はすぐに諦めたようにまた前を向いて背を預けます。
「あれ、どうしたの?今日は素直だね。あっ、もしかして俺に会いたかったの?」
都筑さんが密王子の髪を撫でながらふざけるように言うと、密王子は軽く腹に肘を食らわせます。
「いい加減こんな事してないでちゃんとした仕事探せよ。そうしないと……」
少し俯いて口篭る密王子。
「そうしないと?お嫁に来れない?」
「…………」
無反応。都筑さんはちょっと慌てます。
「え?え?ふざけ過ぎた?それとも本気?」
ちょっと期待交じりで慌てふためく都筑さんに、密王子は呆れて言います。
「バカか。そうしないと、借金増える一方だし、……もう会ってやんねーぞ!」
それを聞いた都筑さんは優しく微笑んで密王子の肩口に顔を埋めました。
「それは困るなー。俺から密を取ったら俺生きていけないもん」
「…大袈裟すぎんだよ、お前は」
密王子は照れて頬を赤くしました。
本当はとても嬉しかったのです。そして、密王子自身も、やはりそう思うのです。言葉にはできないけれど。
「なぁ、都筑……」
「ん?」
「お前……城で働けば?」
密王子は控えめに言いました。
「……へ?」
ややあって、間抜けな声を出した都筑さんに密王子は焦れた様に言います。
「んだよ!俺が父様に頼んでやろうかっつってんだよ!」
都筑さんは少し考えて、困ったような笑みを浮かべました。
「……うーん、それはありがたいんだけど。俺って何のとりえもないよ?なにすんの?掃除とかかな。あ、でも俺物壊しそー」
遠まわしに断ろうとする都筑さんに、言い難そうに密王子は言います。
「……城の仕事、給料高いって巽さん言ってたし。俺が頼めば父様だってなんか仕事くれるだろうし」
自分のために一生懸命言ってくれる密王子に、都筑さんはまた微笑んで王子の頭を優しく梳きます。
都筑さんは、自分のことで密王子の手を煩わせたくなかったし、王様の世話になるのもイヤでした。それはもちろん密王子を独占しようとする王様があまり好きではないからです。
「ありがと。でもさ、その王様のせいで俺達こんなコソコソ会ってるんだよ?俺は王様が羨ましいな。あ、巽と亘理もかな」
密王子は良くわからないという顔で都筑さんを見上げます。
「はぁ?なんでだよ?」
「だってさ、王様はいつでも密を一人いじめできるでしょ?巽たちも王様に気に入られてるから許可なくても密に会えるんだもん。今だって、二人の協力がなきゃ出来ない事してるじゃない、俺達」
密王子は少し考えて不機嫌そうに言います。
「じゃあ、俺に好かれてなくてもいいのかよ?」
すぐにそれが都筑さんを励ますための言葉だと気付きました。不器用だけど、密王子なりに自分のことを考えてくれたという事が、都筑さんには嬉しかったのです。
「……そうじゃないよ。ごめんね。俺には密だけが必要なんだから」
「さっきも聞いた」
「うん。えっとね、まあ、とにかく仕事は自分で探すから。だから密は心配しなくていいからね」
都筑さんは密王子の耳元で優しく言います。
密王子はまだ不服そうでしたが、渋々、といった感じで頷きました。

少しすると、密王子は眠たくなったのか、うとうとしてきました。
「密眠いの?いいよ、眠っても」
都筑さんが密王子の顔を覗き込んでみると、トロンとした瞳で密王子が都筑さんを見つめています。密王子は身を捩って都筑さんに擦り寄ります。
「ひそかクン。そんな瞳で俺を見てると、襲っちゃうぞvv」
ふざけていってみても、王子はもう言い返すのも面倒なほど眠くなったようで、少し睨んで、だんだんと瞼を閉じていきます。
すぐに、スヤスヤと寝息が聞こえてきて、気持ち良さそうな表情で眼を閉じている姿は、まるで天使のようです。
「んー、かわいいなぁvv……このままうちにつれて帰りた………デッ!」
丁度やってきた巽さんによって都筑さんは脳天クリーンヒットで痛そうにしています。
「何言ってんですかアンタは!!王子を誘拐するなんて!!」
「冗談だってばー!」
都筑さんは頭を擦りながら非難の声を上げました。
巽さんはそれをさらりと無視して、王子が寝ていることを確認します。
「都筑さん、王宮で働いてみませんか?」
「………は?」



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